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審判は選手と違って誤っても処分されないと言い始めたのは誰か?


サッカーには誤審がつきもの。全くの誤審が一切生じていない試合が、全試合の何%くらいあるのか?おそらく、小さな誤審は無数に起きている。英国の審判に関する独立組織「Professional Game Match Officials Limited (PGMOL)」によるとイングランドでは審判は一試合に450の判定をくだし25回程度の笛を吹く。その判定の精度は96%としている。サポーターは誤審に泣き笑い、試合の運命を左右されることも少なくない。だが、それは多々ある誤審の中で目立つ誤審や勝敗を左右する誤審がクローズアップされているにすぎない。

1993年からだろうか「選手はミスをすれば出場機会を失うなど処分されるのに審判は処分されない。審判は不当に保護されている。」という声があった。さすがに最近は、そのようなことを言うサポーターも減少したが、今でも根強く、そのような誤解をしているサポーターは存在する。2009年にはファールをシミュレーションと誤審し2枚目の警告を出し退場処分としてしまった主審が2試合の割り当て停止処分となったことをJリーグが発表している。他にも審判の処分に関する記事は探せば出てくる。

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「審判は処分されない」と言い始めたのは誰なのだろう。おそらく、サポーターではないかと考えられる。なぜなら、1993年と1994年に大きな審判処分事件が発生しているからだ。関係者が、それを知らないわけがない。また1994年の事件に関しては大きく報じられている。マスメディア関係者が、それを知らないわけがないからだ。そして、その大きな審判処分事件だが、選手への処分どころではない重たい処分だということを、みなさんは覚えているだろうか。

菊池光悦さんは1993年、1994年の2年間で27試合の主審を担当。しかし、最後の試合は1994年9月7日。つまりシーズン半ばで審判としてのキャリアを断たれている。病気により審判を引退すると、当時、大きく報じられたが、それはJリーグの温情発表であり、誤審が原因で審判引退の通告がされたことは関係者にとって周知の事実であった。1994年5月4日の「膝カックン事件」1994年4月16日の「俺2枚目になるけれど退場にしちゃっていいの?事件」など数々の誤審事件を起こし、1994年9月7日の名古屋グランパス×ヴェルディ川崎で武田の肘打ちにイエローカードを出すものの、肘打ちからの流れで溢れたボールをシュートしたゴールを認めるという誤審で謹慎処分に。後に引退へと追い込まれた。

山田等さんは1993年に6試合の主審を担当。しかし、たったの6試合で華やかなJリーグの舞台を追われた。最後の試合は1993年8月7日の横浜マリノス×鹿島アントラーズ。判定に不服な鹿島アントラーズのアルシンドが山田さんをピッチ上で押し倒した。しかし、イエローカードもレッドカードも出さずに笑顔で次のプレーを進めるように促した判定が命取りとなった。その後はJリーグでの担当試合はなく、関東大学サッカーリーグなどの主審を担当することになった、

過去のJリーグの選手で、一つのプレーの致命的なミスから選手生命を絶たれたという例はない。誤解や思い込みから生まれる審判への不当な批判は何も生み出すものがない。批判に耐えながら厳しい環境の中で担当している審判に対して、サポーターは敬意を示す必要があるのではないだろうか。もちろん、その上で必要な議論はあったほうが良いと思う。